『暗闇の奥』
第一稿
作・和田昌俊
貴大(たかひろ)
トンネルの奥に消えてしまった母親を助けるため、勇気を出してトンネルに入る
母親(ははおや)
育児に疲れてトンネルに入っていく
父親(ちちおや)
母親や貴大よりも先にトンネルに入ったあと戻ってこない
※本作において身体的接触が少しあります(抱き合う、手を引く、揉み合う)。セリフにセクシュアルな表現はありません。肌の露出はありません。暴力的表現はありません。喫煙・飲酒シーンはありません
トンネルを前にして少しビクつきベソをかく貴大
鼻を大きくすすると意を決して突き進む
貴大「おまえなんか、怖くないぞ」
首からぶら下げたお守りを握りしめてトンネルの奥に消えていく貴大
真っ暗なトンネルを進む貴大
奥から霊が立ち塞がる
貴大「出たな」
貴大はお守りを前に突き出しながらそのまま進む
霊は貴大が近づくと火を避けるように脇に避けるが、貴大のすぐそばをくっついて歩く
貴大「怖くないぞ。怖くないぞ」
貴大は胸の前でお守りを握りしめながら歩き続ける
進んだ先で母親の後ろ姿を見つける貴大
貴大「ママ」
母親は振り向かない
貴大は母親の手を引く
貴大「一緒に帰ろう、ママ。ねっ、一緒に帰ろう」
母親はゆっくりと貴大を見つめると、うつろな目でトンネルの奥へと歩き出す
貴大「そっちじゃないよ」
貴大は母親の腕を掴んで引き留める
母親は聞こえていない様子でなおトンネルの奥へと進もうとする
母親の視線の先に父親が立っているのに気がつく貴大
貴大「パパ?」
父親は母親に近づくと、母親の手を取ってトンネルの奥へ連れて行こうとする
貴大「ダメだって」
貴大は抵抗するがズルズルとトンネルの奥へと進んでしまう
トンネルの奥に鏡を見つける貴大
貴大「おまえのせいだ」
貴大が鏡を倒すと母親は正気に戻り、父親は頭を抱えだす
母親「貴大」
貴大「ママ」
母親と抱き合う貴大
霊が母親に襲いかかる
父親が霊を母親から引き剥がし、揉み合いになる
父親「行け!」
父親が叫ぶと母親は貴大の手を取ってトンネルの入り口に向かって走りだす
トンネルから出てきた母親と貴大
母親はあたりを見回して安全なのを確認すると貴大を抱きしめる
貴大「パパは?」
貴大が不安そうにきく
母親「大丈夫」
言葉とは裏腹に不安そうな表情の母親がトンネルの方を見つめる
トンネルの奥から父親が出てきて笑顔になる
『暗闇の奥』という作品について
社会的な同調圧力と育児ノイローゼがテーマです
母親だから子どもの面倒をみるのは当然という社会的圧力、完璧な母親にならなければという責任感、それらが積み重なって育児ノイローゼになってしまいます
暗く長いトンネルは出口の見えない子育てに苦しむ母親の状況を表現しています
男女同権を目指していても、育児を女性に押し付ける父親がまだまだ多いように思います(そのため出口のないトンネルの奥=終わりの見えない育児の先へと母親を引っ張ります)
トンネルの中に登場する霊は世間の目を表現しています。少子化になり子育て世代が少数派になってしまうと、世間の目を気にして母親は肩身の狭い思いをすることがあるからです
トンネルの奥に登場する鏡は連鎖することを表現しています
自分が育った環境や状況を自分自身が親になったときに子どもにもしてしまいます(虐待されて育った子どもは自分の子どもにも虐待してしまう)
鏡を打ち倒すことで負の連鎖を断ち切るという表現です
父親が霊(世間の目)と格闘するのはそれが男性の育児参加の姿勢だと思うからです(男性が育児に参加するためには世間の目と戦わなければならない[育児参加する男性は出世コースから外れる]という暗黙のルール)
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